こんにちは!海外レポートを書いているKnuyです。
今回は私がキューバで体験したショッキングな事件について記事を書きます。
ゲバラがカストロと共に革命政府を樹立する為に貢献したキューバ。私は2014年、そこを訪れました。私はバラデロという楽園のような場所から、キューバの生活の様子が見える首都を目指しました。バラデロに到着した翌日、私はホテルを離れ3人キューバの人とタクシーを相乗りして、ハバナへ向かい泊まるところを見つけました。
(Casaに掲げられているマーク)
キューバの宿泊システムにはホテルの他に、少し変わった形態があります。CASA(家という意味)という一般家庭の部屋の一つを旅行者に提供する形態で、約10ペソから20ペソで泊まることができます。
CASAの外に出ると、ハバナの町は昔のまま残されている博物館のようでした。
-アレックスと出会う-
ハバナのストリートで画家を目指して専門学校へ通っているアレックスいう男と出会い、彼にキューバについてたくさん質問をしました。バラデロで見たものについて私が話すと、
「バラデロは本当のキューバではない。そして、本当のキューバには平等がないのだ。」
そう彼は話します。そして、彼とビールを一杯飲みながら話すことにしました。
(アレックスと私)
ところがキューバのビール、クリスタルが品切れで現地の人しかいないという通りの店を数件探していると、カリートという男に会いました。キューバのように情報や移動が不自由な国の社会は閉鎖的な一方、街の人々の関係が親密になるので、アレックスは町で出会う人にアミーゴと声をかけます。
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-カリートと出会う-
カリートはそのうちの一人だと思いましたが、数奇なことに彼と何度も会うことになりました。カリートは良い奴だとアレックスは言い、彼も誘いましたが、私は乱暴な態度の彼にあまり良い印象を持ちませんでした。
カリートがビールを催促するので彼にビールを買ってきてもらっている間に公園で、私はアレックスとゲバラの話をしました。彼とバティスタやカストロの話をしましたが、アレックスは反カストロ派。
「ゲバラは共産主義じゃなくて国際主義者だったって知っているか?」と彼は言います。彼が自らを冒険的革命家としてだけではなく国際主義者と呼んでいたこと。ゲバラが第三世界に対して国際医療支援活動や識字率を高める運動をしていたことを聞きました。
「キューバにマフィアはいない。しかし、マフィアの代わりに警察がいる。」
彼はそう言います。古い世代のキューバ人は反アメリカが多いのですが、彼らから聞いた話によると若い世代では親アメリカ派の人も大勢いて、90%の若者はキューバから出たいと思っているということを知りました。確かに、街を歩く途中で見つけた服のデザインや店の名前からアメリカを連想させるものに違和感を覚えたことを記憶しています。アレックスは、キューバの抑圧的な政治に不満を募らせています。
「俺は捕まるかもしれないが、5年以内に”キューバは変わる”。俺はやる。」
そう言う彼に、私は彼の身を気遣う言葉しかその時は掛けることができませんでした。
-カリートの家-
アレックスとキューバの政治や経済について話しこんでいるうちにカリートが戻り、一緒にカリートの家へ行くことになりました。しかし、その家はアンモニアのにおいが部屋の中に立ちこめていて壁にカビが生え、2階で誰かが歩くたびに天井からホコリが落ちてくるボロボロの家。私は、彼らの語る話しを聞きくために彼らと過ごしました。
-ジョージとの出会い-
カリートの家のソファーに座っていたジョージは15歳からニューヨークに25年住んでいた経験があり他のキューバ人が知らないことを知っています。
それだけではなく、彼は人をまとめる力がある、とても信用できる男でした。彼からたくさんキューバの生活の話しを聞きました。
(ジョージと私、カリートの娘)
「なぜホームレスがキューバにいないのか?」
前から抱いていた疑問を投げかけました。ジョージは答えます。もしもハバナでホームレスになると、警察に連行されて離れた街の収容所のような場所に入れられるそうです。カリートの家もボロボロで、彼は一枚のジーンズ、数枚のシャツ、穴のあいた靴しか持っていません。ギリギリの生活をしていても家を手放せない理由はその収容所にあるのだと思いました。
キューバは公式に二重価格制を持つ国。
外国人がレストランで食事をする時に使うCUCは1USDに相当します。そして、キューバ人が使う人民ペソ(CUP)のレートについてジョージは教えてくれました。2つの通貨の価格差はなんど24倍もあるそうです。
また、キューバ革命の後、給料が激減して貧しい生活を余儀なくされるなかで国民の不満は高まっていること。カストロは独裁政権を打倒し、平等な国づくりを志向していたのに国の富をカストロ一族がため込んでいるという話し。
そして、その時はにわかに信じられなかったのですが
外国人とキューバ人が話していると警察に捕まる
ということを聞きました。
一方、カリートは酔っ払って唾を飛ばしながら英語の強い言葉で叫んでいます。ジョージは賢い。どんなに彼らが騒いでも、表情を変えずに淡々とスペイン語から英語に同時通訳をしてしゃべりっぱなしです。しかし、私はその会話の内容に正直疲れてしまい、CASAに帰ると言って外に出ました。
私は外に出るときにアレックスを誘いました。私は彼にこう言いました。「君は最初にハバナで出会った友達だが、その次にカリートを紹介して、カリートが友達を呼んでたくさん人が集まってきて俺は少し疲れた」しかし、そう言ったことで彼を困惑させてしてしましました。それからカリートの家の前でアレックスと話しこみました。
-警察がアレックスに近寄る-
その矢先、どこからか警察が駆け寄ってきてアレックスに何か言っています。
私は、外国人と話していると捕まるのは本当なのかと目を疑いつつ、警察官にアレックスの無実を訴え続けました。警察官は私を無視して、私とアレックスを引き離しました。警察官は無抵抗の彼に手錠を掛けてパトカーにつれて行きます。
そうしている間に、人が集まってきてパトカーを取り囲みました。私は必死に警察に詰め寄りました。「友達と飲んで話して何が間違っているというんだ。何でアレックスが捕まらなきゃいけないのだ?!」
-アレックスを助けに警察署へ-
この国の統治ははいったいどうなっているんだ?!・・・とその時キューバの警察を私は強く憎みましたが、警察は法の基に仕事をしているにすぎません。パトカーを囲んでいた夫人の一人が私に言いました。「警察署の場所は知っている、タクシーに乗ってそこへ行けばいい。」私は警察に無視され、信用できませんがタクシーに乗って警察署へ行きました。
キューバの教育機関には必ずゲバラの肖像があります。
カストロがゲバラをシンボルとして掲げていることもその理由ですが、彼は未だに世界に影響を与え続けるキューバの英雄であることは間違いありません。
私にとってこれは短いキューバ体験ですが、アレックスと夢や政治について話す中で、ゲバラはキューバの人々に体制に恐れることなく立ち向かうDNAを残していったのではないかと感じました。
ゲバラが授かった5人の子供の一人アレイダさんはゲバラについて次のように言っています。
「彼は知っていました。私たちは夢を見る特権を持っているということを。しかし自分達自身の夢の実現を他の国に頼むべきではありません。人を無理に押しだすのではなくて、その人が自然と従うようになるのがいい、と彼は言いました。その為には自分がその手本にならなければなりません。何かのことを考えだしたら、自分が率先してやならければなりません。口だけで実行しない人、自分でせずに他人に何かを求める人は多い。でも、チェ・ゲバラは自分自身に本当に誠実な人でした。他人に対しても誠実だったのです。だからこそ多くの人が、チェの示した道にわが身を反映させていくことができるのだと思います。」
もしも、ゲバラが現在のキューバの統治を目にしたらいったい何と言うでしょう?
私はそのことを考えると、彼の生き様を痛ましく想い、キューバ政府にやりきれない苛立ちを覚えました。
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